2017-11

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栄光の光と影

あのラヴィ・シャンカルがついに亡くなった。




「ラヴィ・シャンカル死なないねぇ。」

「ラヴィ・シャンカルいつまで生きるんかな。」

「ラヴィ・シャンカルやっぱ軽いんだよな。」

「ラヴィ・シャンカルってやっぱ助平なんかな。」

「ラヴィ・シャンカルって相当悪い奴なんかな。」




と生前は悪口ばかり叩いていた気もするが、実は個人的に思い入れも多かった人物であった。
言うまでもなく彼を通じてインド音楽を知った人は数知れないだろうし、その功績は言うまでも無いだろう。
色々な人を知るにつれ、正直な所一番好きな音楽家では無かったのだけど、かと言って嫌いにはなれない人でもあった。


今彼の音源の中ではお気に入りだったインドで買ったテープのZakir Hussain とのParameshwari を聴いている。アラ・ラカとの音源の方が出回っているが、私はこっちの音源が気に入っていて昔は良く聴いていた。当時ティンタールもロクに出来ない時にこの11ビートなんて訳のわからないリズムでスリリングなキャッチボールが出来るのは魔法に思えた。この音源はライブらしく結構奏者本人の声も聞こえる。「ワーー」とか「キャーバーーッツ」なんて声も頻繁に聞ける。キャバって何だろう?何だかよく分からないけどインドでのライブでインド人同士だときっとこう言うのだろう・・・と当時の私は漠然とこれを聴きながらそう思っていたものだ。


シタールとラヴィ・シャンカルを知ったのは私がジミ・ヘンドリックスにはまり始めた頃と重なる。かの有名なモンタレー・ポップ・フェスティバルのライブを収録した(ジミヘン&オーティス)というタイトルのビデオがあってそれを借りて見た時に{黒い肌のインド人がやたらでかいインドの楽器をペケペケ弾いてる}映像が少しだけあったのだ。当時何の知識も持たない私はただ素直にそう思った。


インドに行き始めた頃はまだバックパッカーでもあったので、あまり沢山の荷物を持って移動したくなかった。シタールとバックパックだけで充分である。数あるテープの大半は人にあげてお気に入りの3本だけを繰り返し聴いていた。シャヒードのラゲシュリー・ライブとニキルさんのマーンドとジョウンプリ、そしてラヴィ・シャンカルのモンタレー・フェスのライブであった。外国人向けながら解り易い構成とそれでいてインドの伝統的な手法もしっかりと入っている。今になって思えば当時アメリカでの彼の演奏はまだまだ啓蒙活動だった気がする。


ラヴィ・シャンカルを一番よく聴いたのがテープやCDの音源では無くて実はビデオでの映像であった。


1992年だったか宇崎竜童がリポーターを務めたNHK特集で3夜連続でやった特番があった。それはリアルタイムで見た訳ではなく、後になって人づてにそんな話を聞いてその番組を録画したビデオを借りる事が出来たのだ。一夜目はインド音楽とシタールの紹介とこれまで彼の活動歴、二日目はデリーの自宅でのホームコンサート(タブラは当時の専属アカンパニストのクマール・ボース。この頃の彼が未だに一番好きである。)、3夜目は彼の自伝的な映画であった。

これを見るまでは他のシタール奏者や楽器奏者、声楽も知りつつあったのでラヴィ・シャンカルから離れていたのだが、これを見てからまた彼を聴く様になった。いや、その言い方は正しくは無い。このビデオばかり見るようになったと言った方が正しい。それはこれを見て彼の演奏も含めてだけど、成功と名声を手にしながら、それでも一人の発展途上の人間がどう人生と向き合ってどう生きるべきかという自問、模索、自答、そしてまた模索する姿に強く惹かれたからだと思う。


アラウッディン・カーンや若きシヴジーやハリジー、スルタン・カーン、カルティック・クマールなんかも出て来る。主役の本人やアラ・ラカもみんな若い。眼鏡のシタール奏者が垣間見れるけど、ニキルさんでは絶対無いだろうと思う。


これを見ると色々あった彼の悪評や噂など、どうでも良くなってくる。



ravi shankar - raga - a documentary



遠く異国の地でヒンディー語で会話するラヴィジとアバジ。
ここでも彼らの共通の言語は音楽である事がよく解る。




終盤である彼のコメント


「私は時として自答する。やり過ぎているのだろうか・・・と。アメリカで足を踏み外してしまったのだろうか・・・と。でも何故だか何もせずにはいられなかった。私は自問する。もっと酷い事にだってなりえたのだと。自分の生まれた文化的背景を偽ったり拭い去る事は出来ない。自分が何者であるのか見つけるには深く息の長い探求が必要だ。何かに手が届くまで。

私にはそれが見えるし、感じる事も出来る。あと少しで触れそうになるのだが、永久に手が触れる事は出来ないだろう


音楽は私が知っている唯一の言語である。


私は{ナーダ・ブラフマー}音は神であると信じている。」




そんな不完全なラヴィジが好きだ。



結局彼のコンサートを見る事は叶わなかった。



それだけが心残りだ。





ありがとう。

やはり哀しいです。


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プロフィール

MitchieBlackmore

Author:MitchieBlackmore
20世紀末期からシタールを通じて
インド音楽を学んでいます。

98年からインドにてシタールをデバシーシ・サニャル氏、モニラル・ナグ氏に師事。2004年より自らも居を名古屋近郊に移し名古屋市在住のアミット・ロイ氏に師事し研鑽を積む。{銀の旋律}や毎年行われる門下生のコンサート{月音}等に参加。


甘党B型+α

どうぞよろしく。

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ライブ情報

日時11月26日(日)開場17:00/開演17:30 入場料 1,000円(中学生以下無料)会場 揚輝荘(南園) 聴松閣 多目的室〒464-0057名古屋市千種区法王町2-5-17 地下鉄 覚王山駅より徒歩10分 主催 北インド古典音楽研究会 ご予約・お問い合わせ  fukusuke911@nifty.com (会場に駐車場はありません)

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