2017-11

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黎明期の少年

興味深い動画を観た。
この一週間こればかりだ。黎明期って言葉があるけど、物事が始まる前はいつだってワクワクするもんだと思う。結果が違うものであってもね。まずはこれを観て欲しい。

アーシシ・カーン/サロード ザキール・フセイン/ドーラク プラネーシュ・カーン/ドーラク + ギター×2 とドラムのウエスタン・チーム。

あのザキール・フセインのドーラク! 何故かタブラではなくドーラクなんである。理由は分からない。それはプラネーシュ・カーンも一緒。当時全盛期のラヴィ・シャンカールの伴奏者のアラ・ラカ、アリアクバル・カレッジを開校して間もないアリアクバル・カーンの血縁者達が当時のムーヴメントと無縁な筈もなく、こうゆう事もやっていたとは知らなかった。しかも曲名が{shanti}と来た。余りシャンティな感じはしないが。日本語だったらミスマッチな{黎明}とか{動乱}なんてタイトルだったらピッタリ当てはまるかも知れない。モスリムだけど、とにかくインドチームのヒンドゥー感というか熱気が今見ても凄い。それに比べてウエスタンチームの何と不甲斐ない事か。{気狂い}というと誰もが一歩引く言葉かも知れないが、私はヒンドゥ教とインド文化、インド音楽には否応なくその要素を強く感じている。インドの大地とヒンドスターニー音楽で幼少期から育った者には先天的にその要素がある様な気がしている。それは外国人がインド音楽を演奏する上においても重要なテーマである様な気がしている。しかしどの国の文化でも個人においても万人が忌避する(気狂い}の要素はあると思う。日常では誰しも平穏を望むだろうが、エンターテイメントにおいてはそうでないものが受け入れられる様に人は何処かで{非日常}を望むものだと思う。


気狂いの要素を先天的に持った音楽家達には平々凡々なそれでは太刀打ち出来る訳が無い。


このギター、ベース、ドラムの組み合わせが当時の世代で考えられる組み合わせを想像してみる。真っ先に思い浮かんだのがこの構成ならインドチームに対抗しても中々面白いと思ったのが

リッチー・ブラックモア / ギター
ティム・ボガード / ベース
カーマイン・アピス / ドラム

の三人である。
気狂いには気狂いになれる異文化のプレイヤーでなければいけないと思う。他にも候補は色々考えられる。ドラムはキース・ムーンやジョン・ボーナムでも良いし、ベースはジョンポール・ジョンーズやギターはジミ・ヘンドリックスやジョン・マクラフリンも良いけどここではまず割愛。先の三人で妄想を続けよう。きっとショウは大成功だと思う。しかしこんなバンド内での揉め事が考えられる。


RB 「ムンバイ?そんな所に行ける訳が無いだろ。これ一回というから受けてやったのに。ヴァニラ・ファッジのリズム隊は大好きだったから受けた迄だ。ビザの申請書は暖炉で焼いたよ。これでショウは無しだ。参ったか?」

TB 「噂で聞く限り死体が流れてる河で人々は口をゆすいだり、洗濯したりするって言うじゃない?食べ物を直接手で食べたり、排泄のそれもしたりって僕には理解出来ない次元だよ。音楽的にはハード・ドラッグをやった時の様な高揚感があるけど、やっぱりね。」

KA 「ジェフ・ベックが自分のバンドを解散して僕らに声がかかってるんだよね。それに僕は辛いものが苦手だから。」

AK 「お前ら俺達インド人を何だと思ってるんや!名誉棄損で訴えてやる!!」

PK {あーあ・・・兄貴また始まっちゃったよ。変な所だけアメリカナイズされちゃってんだから、も~・・・}

ZH 「カタム・ホギャー。」



カタム・ホギャー。


当時18歳のザキール・フセインは思ったのでした。
「これで終わりだ」と。しかし終わりは真の終わりでは無く始まりなのだと彼はそうも思ったのでした。それは一周期の頭なのだと。何故大英帝国の末裔達はあくまで支配的、搾取的に考えるのだろう?それは彼らのDNAに擦り込まれたもの?いや、そうでない奴だっている筈だ。私達インド人が彼らに妥協させるのではなく、私達の文化や音楽に理解を示す異国人もきっと何処かにいる筈だと。同じ様な葛藤は父やその主奏者であるラヴィジからも聴いてはいたが、まさかこれ程とは。


彼はバンドで使っていたドーラクを押入れに仕舞ってから、鞄に最低限の荷物と自分の楽器だけを持って旅に出たのでした。それは片道切符だけのいつ終わるとも知れないものでした。


70年代の始めに彼はアメリカでたまたま目にしたチラシに興味深いバンド名がありました。それは彼の生まれ育った国では日常的に耳にする神様の名前を文字ったバンドでした。マハヴィシュヌ・オーケストラ。「マハ、じゃないだろ、ちゃんとマハーと伸ばせよな。」後にそのバンドの中核となる人物と生涯深く関わる事になるとは夢にも思わないザキール少年はそんなことを思ったのでした。

「あの時はウエスタン達がドラッグをやってやたらとシャンティって言葉を口にするもんだから、それを曲名にしたけど、もう一切御免だ。俺はもう何事にも流されない力を持ちたい。それはシャンティというよりシャクティだ。そう、バンド名もそれが良い。」

ザキール・フセイン当時二十歳の夏の出来事です。




おしまい



※{この話はフィクションであり、登場する人物同士の一部は一切関係はありません。週末の酔っ払いの戯言です。}




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MitchieBlackmore

Author:MitchieBlackmore
20世紀末期からシタールを通じて
インド音楽を学んでいます。

98年からインドにてシタールをデバシーシ・サニャル氏、モニラル・ナグ氏に師事。2004年より自らも居を名古屋近郊に移し名古屋市在住のアミット・ロイ氏に師事し研鑽を積む。{銀の旋律}や毎年行われる門下生のコンサート{月音}等に参加。


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ライブ情報

日時11月26日(日)開場17:00/開演17:30 入場料 1,000円(中学生以下無料)会場 揚輝荘(南園) 聴松閣 多目的室〒464-0057名古屋市千種区法王町2-5-17 地下鉄 覚王山駅より徒歩10分 主催 北インド古典音楽研究会 ご予約・お問い合わせ  fukusuke911@nifty.com (会場に駐車場はありません)

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